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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)57号 判決

原告

鈴木栄司

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和三七年抗告審判第二八二号事件について昭和四七年二月二四日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三三年六月九日「速度二乗比例量変換装置」という名称の発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をしたところ、同年特許願第一五九九九号として審査の結果、昭和三六年一二月六日拒絶査定がなされた。そこで、原告は、同三七年二月二二日、抗告審判を請求し、同年抗告審判第二八二号事件として係ぞくしたが、特許庁は、昭和三九年九月一日、「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その審決の謄本は、同年九月三〇日原告に送達された。

原告は、この審決に対し、昭和三九年一〇月二八日、東京高等裁判所に出訴し、同裁判所同年(行ケ)第一五八号事件として係ぞくし、同四〇年七月六日前記審決を取消す旨の判決がなされた。ところが、特許庁は、あらためて前記事件について昭和四七年二月二四五「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その審決の謄本は、同年四月二一日原告に送達された。

二、本願発明の要旨

重錘質量Mと重錘回転半径Rの積を随時一定とする重錘遠心回転機構を備え、所与量を前記機構の回転主軸の角速度Nに対応させて該機構へ導入し、更に前記重錘の遠心力Fを適宜技術手段で検出し、以つて前記所与量の二乗比例量を検知することを特徴とする二乗比例量検知装置

三、本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで、物理量間の函数関係を利用して間接に他の物理量を検出して求むべき物理量を知ることは、基本的な測定方法の一つであり、温度を熱膨脹による体積変化から測ること、流速を圧力差から測ることなど多くの測定手段がこのような間接方法を用いているものであつて、理論的にも実験的にもよく知られている遠心力Fと回転体の質量M、回転半径Rおよび回転速度Nとの間の函数関係(F∝MRN2)を用いて、残余の要素MRの積を一定にしておき、Fを測定してN2に対応する量を求めようという本願の基本的な着想自体には、創意を要したものと認めることはできない。そして、本願の要旨とする特許請求の範囲の記載中にはFを測定する手段そのものに限定はなく、装置としての具体的構成は、MとRとの積を一定にする機構を備えていることのみである。しかるに、前記の積を一定にする機構そのものは、一般にはMが一定の場合については単に回転体の回転半径を一定にしておくだけのことであつて、多くの機械の回転部がそのような構造を有しており、ごくありふれた機構にすぎない。したがつて、二乗比例量検知装置を本願のような構成になすことは、当該部門の技術常識に基づいて容易に推考しうることであるから、本願は旧特許法第一条の発明をしたものと認めることはできない。〈以下略〉

理由

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決理由の要点および本願発明の装置としての構成が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そこで、原告の主張する取消事由について検討する。

二原告は、所与量の二乗比例量を測定する装置としては本願発明のものは新規であることはもとより、周知の機構からは容易に推考できるものではない旨主張する。本願発明の明細書中の詳細な説明によれば、本願発明の目的は、「速度(たとえば自動車の走行速度、回転体の回転速度または角速度などを総称する。)の二乗比例量を簡単な原理と構成によつて迅速確実に検知する装置の提案」であり、その目的を達成するため本発明は、「簡単な原理の援用によつて新規な特徴と確実な効果を得んとする発想に基づきなされた」とされる。そして、ここにいう原理とは、同明細書によればMとRの積を一定にすることによりF∝N2の関係が成立することを指すものであることが明らかである。そして、本願発明はこの目的を達成するため装置として原告主張の(1)から(3)までの構成をとるものであるが、そのうち原告主張の(3)の構成は、適宜周知な技術手段を用いれば足りるものであることは〈書証〉の記載に照らして明らかである。さらに、(1)、(2)の構成についても、〈書証〉の記載によれば、本願発明の明細書を検討しても、その実施例の記載はともかくとして、本願発明の構成として、重錘を遠心的に回転させる具体的手段方法、重錘質量Mと重錘回転半径Rの積を一定にする具体的手段方法については何らの限定はなく(すなわち、この手段方法を具体的に定めることに本願発明の目的、課題が存するのではなく)、どのような手段、方法をとつてもよいものであることが認められる。

一方、F∝MRN2の関係式よりMとRの積を一定にすることによりF∝N2の関係式を得ることが容易に推考できること、したがつて、本願発明の基本的な着想自体は創意を要したものと認めることはできない事実は、原告の認めるところである。また、本願発明の前記(1)の構成が調速機構において用いられていることが周知であることならびに本願発明の前記(2)および(3)の構成が周知の機構であることも、原告の認めるところである。してみれば、原告主張のごとくこの調速機構が遠心力の測定を目的としたものではなく、MとRの積を一定にした周知の機構が所与量の二乗比例量の測定を目的とするものではないとしても、前記関係式より本願発明の基本的な着想が容易に推考することができる以上、この着想に基づく本願発明の目的、課題の解決方法として前記周知の機構に基づきかつ周知の機構を組合わせ、本願発明の構成を作ることは、当業者にとつて容易にすることができるものと解するのが相当である。したがつて、原告の主張は理由がない。

三よつて、審決には原告主張の違法はないから原告の請求を棄却することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 杉本良吉 宇野栄一郎)

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